消えない傷 33話
広い校舎に無機質なチャイムの音が響いて、ゆっくりと溶けるように消えていく。
鈴木駿の教室でも鐘の音とともに昼休みを楽しんでいた生徒たちの騒がしい声が次第に消えて、
次の授業の始まりに備えて生徒達が次々に席に着いた。
鈴木駿は次の授業の教科書を机においたあとに、酒井を見た。
酒井も次の授業の準備をしているようだ。
こうして、改めて見る酒井はガッチリしていて、カッコいい。
丸顔で端正な面立ち。誰が見ても好感を抱く柔道少年だ。
だが少し前から気になっていたが、最近の酒井は以前と何か違う気がする。
いつもどおりに振舞っているけど、何かたぶん、悩みを抱えている気がする。
駿は酒井にその事を聞いてみたことがあるが、
「何もないよ。気にしすぎ。でもサンキュ。」
と、恥ずかしそうに笑っていた。だからそれ以後は聞かなかった。
少し心配だが必要があればきっと酒井は自分から話してくれるだろう。
酒井が何も言わないのは大丈夫だということだ。
だから余計な詮索はしないでおこう。
駿は幼すぎる瞳で酒井を見つめながら、そう思った。もうすぐ授業が始まる。
職員室では教師達が授業のために教室へと向かい始めていた。
いつも同じジャージや、着崩れ、くたびれたスーツが多い教師の中で比較的、
小奇麗なブランドのシャツとネクタイをした秋月の姿がそこにあった。
太ってもいない。だが痩せてもいない。顔には、よく似合う黒縁メガネをしている。
このよく似合うメガネが優しさや繊細さ、あるいは知的な印象を見るものに与えている事に、本人は全く気づいていない。
だが小奇麗で若い教師である秋月は校内において女子生徒から圧倒的な支持を得ていた。
次の授業は2年生の数学。まだこの学校では1年生しか教えたことが無かったのだが、
2年を担当していた他の教員が研修で本土へ行ってしまっているので以前から「代打」となる予定だった。
秋月に年老いた教頭が声をかける。
「秋月先生、次の授業は確か・・・・2年生の?」
そう言われた秋月は優しくニコリと笑って答える。
「はい、予習はしておきました。」
年老いた教頭は少し大きな声で笑った。そして、さすがは秋月先生、と褒めちぎる。
その程度のことは誰でも行うものなのだが、と秋月は少し思ったが言う必要もない。
秋月は教頭からも将来有望な若者として、とても気に入られていたのだ。
職員室を出て、廊下を渡って階段を上り、2年生の教室へ向かう。
途中、生徒達が使う「水飲み場」の前まで来たとき、蛇口をひねり水を出す。
ポケットから出したハンカチを軽く咥えながら手を洗う。
一人きりになった途端に先程、校舎裏で見た異常な光景が頭に浮かぶ。
肥満した生徒の艶かしい肌、恥らいながら小林の手に敏感に震える唇。可愛らしい瞳。
秋月は無意識だったが隅々まで手を洗っていた。
だが、すぐに冷静になって、足早に教室へ向かう。
こんな事をしていては授業に遅れてしまう。教室の前に立ち、扉を開ける。
教壇まで進み、そこで初めて教室を見渡す。いつも教えている1年と殆ど変わらない。
女子生徒がやたら騒いでいる。男子はウンザリといった感じだ。
2年の授業に来る事がなかった、校内でも人気の教師である秋月に興奮しているようだ。
「秋月といいます。今日は皆さんと数学の勉強をさせて貰います。宜しくお願いします。」
いつもの真摯な調子で挨拶し、数学の教科書を開く。
このクラスが教科書をどこまで進めているかも確認済み。
黒板に振り返ろうとした時、教室の通路側、端の目立たない席に太った大きな男子が座っている。
その大きな生徒を見た時、秋月の視線が止まる。思考が停止した。
鼓動のリズムが2~3テンポずれた。今、目の前にいるのは先程の校舎裏で見た肥満生徒だった。
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鈴木駿の教室でも鐘の音とともに昼休みを楽しんでいた生徒たちの騒がしい声が次第に消えて、
次の授業の始まりに備えて生徒達が次々に席に着いた。
鈴木駿は次の授業の教科書を机においたあとに、酒井を見た。
酒井も次の授業の準備をしているようだ。
こうして、改めて見る酒井はガッチリしていて、カッコいい。
丸顔で端正な面立ち。誰が見ても好感を抱く柔道少年だ。
だが少し前から気になっていたが、最近の酒井は以前と何か違う気がする。
いつもどおりに振舞っているけど、何かたぶん、悩みを抱えている気がする。
駿は酒井にその事を聞いてみたことがあるが、
「何もないよ。気にしすぎ。でもサンキュ。」
と、恥ずかしそうに笑っていた。だからそれ以後は聞かなかった。
少し心配だが必要があればきっと酒井は自分から話してくれるだろう。
酒井が何も言わないのは大丈夫だということだ。
だから余計な詮索はしないでおこう。
駿は幼すぎる瞳で酒井を見つめながら、そう思った。もうすぐ授業が始まる。
職員室では教師達が授業のために教室へと向かい始めていた。
いつも同じジャージや、着崩れ、くたびれたスーツが多い教師の中で比較的、
小奇麗なブランドのシャツとネクタイをした秋月の姿がそこにあった。
太ってもいない。だが痩せてもいない。顔には、よく似合う黒縁メガネをしている。
このよく似合うメガネが優しさや繊細さ、あるいは知的な印象を見るものに与えている事に、本人は全く気づいていない。
だが小奇麗で若い教師である秋月は校内において女子生徒から圧倒的な支持を得ていた。
次の授業は2年生の数学。まだこの学校では1年生しか教えたことが無かったのだが、
2年を担当していた他の教員が研修で本土へ行ってしまっているので以前から「代打」となる予定だった。
秋月に年老いた教頭が声をかける。
「秋月先生、次の授業は確か・・・・2年生の?」
そう言われた秋月は優しくニコリと笑って答える。
「はい、予習はしておきました。」
年老いた教頭は少し大きな声で笑った。そして、さすがは秋月先生、と褒めちぎる。
その程度のことは誰でも行うものなのだが、と秋月は少し思ったが言う必要もない。
秋月は教頭からも将来有望な若者として、とても気に入られていたのだ。
職員室を出て、廊下を渡って階段を上り、2年生の教室へ向かう。
途中、生徒達が使う「水飲み場」の前まで来たとき、蛇口をひねり水を出す。
ポケットから出したハンカチを軽く咥えながら手を洗う。
一人きりになった途端に先程、校舎裏で見た異常な光景が頭に浮かぶ。
肥満した生徒の艶かしい肌、恥らいながら小林の手に敏感に震える唇。可愛らしい瞳。
秋月は無意識だったが隅々まで手を洗っていた。
だが、すぐに冷静になって、足早に教室へ向かう。
こんな事をしていては授業に遅れてしまう。教室の前に立ち、扉を開ける。
教壇まで進み、そこで初めて教室を見渡す。いつも教えている1年と殆ど変わらない。
女子生徒がやたら騒いでいる。男子はウンザリといった感じだ。
2年の授業に来る事がなかった、校内でも人気の教師である秋月に興奮しているようだ。
「秋月といいます。今日は皆さんと数学の勉強をさせて貰います。宜しくお願いします。」
いつもの真摯な調子で挨拶し、数学の教科書を開く。
このクラスが教科書をどこまで進めているかも確認済み。
黒板に振り返ろうとした時、教室の通路側、端の目立たない席に太った大きな男子が座っている。
その大きな生徒を見た時、秋月の視線が止まる。思考が停止した。
鼓動のリズムが2~3テンポずれた。今、目の前にいるのは先程の校舎裏で見た肥満生徒だった。
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