ニクツキ 48
稲光が時折り轟音とともに、闇夜に響く。
降り注ぐ強い雨。
夜の高速道路を疾走する車両がある。
ベンツのSクラス。
後部座席には太った青年。
「金持ちの息子」といった雰囲気を
漂わせてはいるが、その瞳……
目つきだけは違った。
世間知らず、あるいは無垢といった本来、
金持ちの息子なら持っている要素がない。
まるでその瞳は、この世界全てを
憎んでいるかに見える。
その青年が横に座っている黒縁メガネの
太った青年に話し始める。
「それで……どうです?‥‥何か不審な点は無かったですか?」
その質問に黒縁メガネをかけた太った青年が
首をすくめてから遠慮がちに答える。
「今のところ…全くないと思います。といいますか……すごく…普通だと思います。」
そう言って薄く自然な笑顔を浮かべて
目つきの悪い太った青年を見つめる。
そして続けて話し始めた。
「貴方の指示通り、
田中悠のクラスメイトになり、
友人になった。
ここ数日、学校では、ほとんど一緒です。
変わったところがあれば些細なことでも
報告する、ですよね?‥‥佐伯さん。」
佐伯と呼ばれた青年は少しの間、
黒縁メガネの青年を見つめてから
ゆっくりと頷き、答える。
「そうです。そして変わった事はなかった、
というのですね。解りました。」
その言葉に黒縁メガネの青年は
さらに何かを話そうとしたが、
それをさえぎる様に佐伯の言葉がつづく。
「……なんの為に?ですよね。貴方が訊きたいのは。
いずれご説明します。今はもう少し、彼と過ごし、
監視をして下さい。」
黒縁メガネの青年は佐伯が話し終えた後、
少しの間、沈黙していたが、笑顔で応える。
「わかりました。もう少し、ですね。
頑張ります。」
そう言って車の窓ガラスに張り付いては
流れていく水滴たちを見つめていた。
よく晴れた翌朝の学校。
登校して来る学生達に一生懸命
声をかけている生徒がいる。
その風貌が小さくて
ポッチャリとしているので
同じ学校の制服を着ているのに、
随分と子供に見える。
顔もかなり幼い。
「あの~‥‥相撲部、入りませんか?」
その呼びかけに応える者は
殆どいない。
「いまどき、相撲なんかやらねーよ。」
などと冷やかされる事もある。
収穫の無い部員勧誘をしている生徒、
名前は桜井音哉。
【はぁ、このままじゃ本当に廃部になっちゃうよぉ……】
桜井は子供っぽい風貌とは
似つかわしくない溜息をついて、
肩を落とす。
そして一人、トボトボと歩き始めた。
……その直後、背後から男の声がする。
「おーい、遊ぼうぜぇ。」
その声にビクンと反応して立ち止まるが、
桜井は振り返らない。
立ち止まったまま桜井の子供のような顔が
とても困ったような表情になっている。
「おーい、聞こえてんのかよぉ?」
声の主は桜井の背後で、
廊下を塞ぐように立っている。
その男は桜井と対照的に背が高く、
ガタイが良い。筋肉の上に脂肪がある
タイプの太めで、髪は金髪。形耳にピアス。
ヤンチャな風貌だが、顔は少し幼い。
桜井が渋々、振り返って言う。
「‥‥池田にかまっている暇は無いの。」
池田と呼ばれた大きな生徒は、
その言葉を聞いてもニヤニヤと笑ったまま。
顔色一つ変えない。
「そんな事言って……本当は遊んで欲しいんだろ?へへ、インランだなぁ、桜井は。」
そう言って笑っている池田だったが、
桜井が無視して、その場を去ろうとするので
慌てて廊下を追いかける。
だが、桜井は振り返ることなく言う。
「僕は相撲部の勧誘で忙しいの。」
桜井は声も子供っぽいのだが、
淡々と話す様子から、意志の堅さが伺える。
池田は立ち止まり、諦めて舌打ちをする。
「んだよ!なにが相撲部だよ!…ん、相撲部?」
背後の池田の様子がおかしい事に気付いた
桜井が立ち止まり、振り返る。
すると池田が再びニヤニヤと笑っている。
「おい、部員を勧誘すればいいんだろ?…いるぜ?‥‥ちょうど良いヤツが。」
何か悪巧みをしている様子の池田だったが、
桜井は気付かず、ただ不思議そうにポカンと
口をあけて池田を見ていた。
降り注ぐ強い雨。
夜の高速道路を疾走する車両がある。
ベンツのSクラス。
後部座席には太った青年。
「金持ちの息子」といった雰囲気を
漂わせてはいるが、その瞳……
目つきだけは違った。
世間知らず、あるいは無垢といった本来、
金持ちの息子なら持っている要素がない。
まるでその瞳は、この世界全てを
憎んでいるかに見える。
その青年が横に座っている黒縁メガネの
太った青年に話し始める。
「それで……どうです?‥‥何か不審な点は無かったですか?」
その質問に黒縁メガネをかけた太った青年が
首をすくめてから遠慮がちに答える。
「今のところ…全くないと思います。といいますか……すごく…普通だと思います。」
そう言って薄く自然な笑顔を浮かべて
目つきの悪い太った青年を見つめる。
そして続けて話し始めた。
「貴方の指示通り、
田中悠のクラスメイトになり、
友人になった。
ここ数日、学校では、ほとんど一緒です。
変わったところがあれば些細なことでも
報告する、ですよね?‥‥佐伯さん。」
佐伯と呼ばれた青年は少しの間、
黒縁メガネの青年を見つめてから
ゆっくりと頷き、答える。
「そうです。そして変わった事はなかった、
というのですね。解りました。」
その言葉に黒縁メガネの青年は
さらに何かを話そうとしたが、
それをさえぎる様に佐伯の言葉がつづく。
「……なんの為に?ですよね。貴方が訊きたいのは。
いずれご説明します。今はもう少し、彼と過ごし、
監視をして下さい。」
黒縁メガネの青年は佐伯が話し終えた後、
少しの間、沈黙していたが、笑顔で応える。
「わかりました。もう少し、ですね。
頑張ります。」
そう言って車の窓ガラスに張り付いては
流れていく水滴たちを見つめていた。
よく晴れた翌朝の学校。
登校して来る学生達に一生懸命
声をかけている生徒がいる。
その風貌が小さくて
ポッチャリとしているので
同じ学校の制服を着ているのに、
随分と子供に見える。
顔もかなり幼い。
「あの~‥‥相撲部、入りませんか?」
その呼びかけに応える者は
殆どいない。
「いまどき、相撲なんかやらねーよ。」
などと冷やかされる事もある。
収穫の無い部員勧誘をしている生徒、
名前は桜井音哉。
【はぁ、このままじゃ本当に廃部になっちゃうよぉ……】
桜井は子供っぽい風貌とは
似つかわしくない溜息をついて、
肩を落とす。
そして一人、トボトボと歩き始めた。
……その直後、背後から男の声がする。
「おーい、遊ぼうぜぇ。」
その声にビクンと反応して立ち止まるが、
桜井は振り返らない。
立ち止まったまま桜井の子供のような顔が
とても困ったような表情になっている。
「おーい、聞こえてんのかよぉ?」
声の主は桜井の背後で、
廊下を塞ぐように立っている。
その男は桜井と対照的に背が高く、
ガタイが良い。筋肉の上に脂肪がある
タイプの太めで、髪は金髪。形耳にピアス。
ヤンチャな風貌だが、顔は少し幼い。
桜井が渋々、振り返って言う。
「‥‥池田にかまっている暇は無いの。」
池田と呼ばれた大きな生徒は、
その言葉を聞いてもニヤニヤと笑ったまま。
顔色一つ変えない。
「そんな事言って……本当は遊んで欲しいんだろ?へへ、インランだなぁ、桜井は。」
そう言って笑っている池田だったが、
桜井が無視して、その場を去ろうとするので
慌てて廊下を追いかける。
だが、桜井は振り返ることなく言う。
「僕は相撲部の勧誘で忙しいの。」
桜井は声も子供っぽいのだが、
淡々と話す様子から、意志の堅さが伺える。
池田は立ち止まり、諦めて舌打ちをする。
「んだよ!なにが相撲部だよ!…ん、相撲部?」
背後の池田の様子がおかしい事に気付いた
桜井が立ち止まり、振り返る。
すると池田が再びニヤニヤと笑っている。
「おい、部員を勧誘すればいいんだろ?…いるぜ?‥‥ちょうど良いヤツが。」
何か悪巧みをしている様子の池田だったが、
桜井は気付かず、ただ不思議そうにポカンと
口をあけて池田を見ていた。