金豚の肉20
雨が降る中、僕が病院に着いたのは
昼過ぎだった。
すぐにでもリン君の搬送された病院に
行きたい気持ちだったが親族や
家族でもない僕が堂々と退勤する事は
出来ずに散々葛藤した挙句、
体調不良と偽って学校を昼頃に
早退する事にした。
病院は寂れた田舎町には
不釣り合いな4階建ての
真新しい建物だった。
リン君の病室を受付で聞き、
足早に向かう。
辿り着いた病室はキレイな個室で
ベットに横たわるリン君と、
小林旅館の女将さんである
リン君のお母さんがいた。
「白鳥さん、来てくれたんだな。」
リン君はいつもと変わらない様子で言う。
違うのは病院のパジャマを
着せられている事くらい。
褐色の豊満な身体のリン君には
あまり病院着は似合わない。
だがこの時は心底、安心した。
小林旅館の女将さんも
さすがに病院ということもあり、
いつもの大きな声ではなかったが、
笑顔で温かく迎えてくれた。
ふと見るとベッドの脇には
引き出しのついた白木のテレビ台。
その上にはポツンと豚人形が。
何度かリン君が持っているのを
見かけた中国風のデザインの金色の豚だ。
円柱状でソフトビニールのような質感。
女将さんがその人形を手に取る。
そして豚人形の頭部を外すと胴体部分には
濃い緑の包装がされたシリンジ状の・・・
いや、あれは小さな使い捨ての注射器が
数本、さらに中には数種類の
飲み薬らしき物も見える。
いつも明るくて元気な女将さんが、
力なく困ったように小さく言う。
「ちゃんとお注射して薬飲まないから・・・」
そう言われてリン君はバツが悪そうに
頭をかいている。
・・・これはどういう状況なんだ。
僕はたまらずに声に出してしまう。
「リン君はどこか身体が
悪かったんですか?」
リン君と女将さんの空気が変わって、
少しの沈黙があった。
僕はただただ意味が分からず、
言いようもない不安を感じていた。
そして
「・・・すいませんねぇ、
じつはこの子・・・」
女将さんがようやく何かを
話し始めた途端。
「母ちゃんやめて!!
白鳥さんには知られたくない!!」
大きな声で叫んだリン君。
女将さんは途方にくれたように、
しかしリン君を優しく見つめて
沈黙している。
リン君の糸目から涙が溢れて
頬を濡らしていた。
また少しの沈黙があった後、
震える涙声でリン君は
「・・・白鳥さんには、
知られたくなかったんだ・・・。
・・・ごめん。」
そしていつもの大人びた雰囲気は
カケラもなく、子供のように
泣きじゃくるリン君を
僕は立ちすくんで見ている事しか
出来なかった。
僕が帰る時、病院の出口まで
リン君のお母さんが見送ってくれた。
「わざわざありがとうございます。」
深々と頭を下げて言うお母さんは
いつもの小林旅館の元気な女将さんとは
別人のように弱々しかった。
「白鳥さんには感謝してるんです。
白鳥さんが来てくれてからはあの子、
明るくなったっていうか・・・
少し前からは考えられないくらい。
ほんと、ありがとうございます。」
僕は再びリン君について尋ねた。
女将さんは躊躇いながらも話してくれた。
「ごめんなさい、あの子には言うなって
言われたけど・・・。
やっぱりきちんと知ってもらう方が
いいですよね。
あの子、小さい時から病気で。
ずっと入院したり退院したり繰り返して。」
いつも明るくて大きな
女将さんの声が弱々しく、
震えている。
「もうずっと前から言われてるんです。
お医者さんからはね・・・、
大人になるまで生きるのは・・・
難しいって。」
雨はまだ静かに降り続いてた。
僕は病院を後にして、
錆びたシャッターが並ぶ
過疎の町を歩く。
町を抜けた先に木造の古い旅館。
入り口の戸には曇りガラス。
大正か昭和初期を思わせる造りだ。
小林旅館に辿り着く。
一人で戻った小林旅館の玄関。
僕は最初にリン君と出逢った日を
思い出していた。
昼過ぎだった。
すぐにでもリン君の搬送された病院に
行きたい気持ちだったが親族や
家族でもない僕が堂々と退勤する事は
出来ずに散々葛藤した挙句、
体調不良と偽って学校を昼頃に
早退する事にした。
病院は寂れた田舎町には
不釣り合いな4階建ての
真新しい建物だった。
リン君の病室を受付で聞き、
足早に向かう。
辿り着いた病室はキレイな個室で
ベットに横たわるリン君と、
小林旅館の女将さんである
リン君のお母さんがいた。
「白鳥さん、来てくれたんだな。」
リン君はいつもと変わらない様子で言う。
違うのは病院のパジャマを
着せられている事くらい。
褐色の豊満な身体のリン君には
あまり病院着は似合わない。
だがこの時は心底、安心した。
小林旅館の女将さんも
さすがに病院ということもあり、
いつもの大きな声ではなかったが、
笑顔で温かく迎えてくれた。
ふと見るとベッドの脇には
引き出しのついた白木のテレビ台。
その上にはポツンと豚人形が。
何度かリン君が持っているのを
見かけた中国風のデザインの金色の豚だ。
円柱状でソフトビニールのような質感。
女将さんがその人形を手に取る。
そして豚人形の頭部を外すと胴体部分には
濃い緑の包装がされたシリンジ状の・・・
いや、あれは小さな使い捨ての注射器が
数本、さらに中には数種類の
飲み薬らしき物も見える。
いつも明るくて元気な女将さんが、
力なく困ったように小さく言う。
「ちゃんとお注射して薬飲まないから・・・」
そう言われてリン君はバツが悪そうに
頭をかいている。
・・・これはどういう状況なんだ。
僕はたまらずに声に出してしまう。
「リン君はどこか身体が
悪かったんですか?」
リン君と女将さんの空気が変わって、
少しの沈黙があった。
僕はただただ意味が分からず、
言いようもない不安を感じていた。
そして
「・・・すいませんねぇ、
じつはこの子・・・」
女将さんがようやく何かを
話し始めた途端。
「母ちゃんやめて!!
白鳥さんには知られたくない!!」
大きな声で叫んだリン君。
女将さんは途方にくれたように、
しかしリン君を優しく見つめて
沈黙している。
リン君の糸目から涙が溢れて
頬を濡らしていた。
また少しの沈黙があった後、
震える涙声でリン君は
「・・・白鳥さんには、
知られたくなかったんだ・・・。
・・・ごめん。」
そしていつもの大人びた雰囲気は
カケラもなく、子供のように
泣きじゃくるリン君を
僕は立ちすくんで見ている事しか
出来なかった。
僕が帰る時、病院の出口まで
リン君のお母さんが見送ってくれた。
「わざわざありがとうございます。」
深々と頭を下げて言うお母さんは
いつもの小林旅館の元気な女将さんとは
別人のように弱々しかった。
「白鳥さんには感謝してるんです。
白鳥さんが来てくれてからはあの子、
明るくなったっていうか・・・
少し前からは考えられないくらい。
ほんと、ありがとうございます。」
僕は再びリン君について尋ねた。
女将さんは躊躇いながらも話してくれた。
「ごめんなさい、あの子には言うなって
言われたけど・・・。
やっぱりきちんと知ってもらう方が
いいですよね。
あの子、小さい時から病気で。
ずっと入院したり退院したり繰り返して。」
いつも明るくて大きな
女将さんの声が弱々しく、
震えている。
「もうずっと前から言われてるんです。
お医者さんからはね・・・、
大人になるまで生きるのは・・・
難しいって。」
雨はまだ静かに降り続いてた。
僕は病院を後にして、
錆びたシャッターが並ぶ
過疎の町を歩く。
町を抜けた先に木造の古い旅館。
入り口の戸には曇りガラス。
大正か昭和初期を思わせる造りだ。
小林旅館に辿り着く。
一人で戻った小林旅館の玄関。
僕は最初にリン君と出逢った日を
思い出していた。